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2007.10/06 [Sat]
ファンジニ 19〜24(最終話)
ついに見終えた。
総評は、ネタバレにつながるので、Read More…の中で書くことにするけれど、
ほぼ1週間で24話完走したことになる。
いや、すごい充実感だった。
何をしてても、ファンジニの曲が頭の中を回っていた。
仕事の時でさえ、曲が蘇るのでなかなか集中できなかったほど。。。
色々感想はあるんだけれど、やっぱり韓ドラってすごい!!って今思う。
そしてこういうドラマに出会えて、とても幸せだった…

誰もが共に舞える楽しい世の中を夢見て、
私は残された日々を今日のように舞うだろう。
人々の溢れる笑いと喜び、この尊い心づけが苦しみを乗り越える糧だと信じているから。。。
まずこのドラマを見て思ったのは、
およそ天才とはこういう生き方しか出来ないのだろう、ということだ。
それほど“真の芸人”たらんとする生き方は、苦しみの連続だということ、、、
愛も権力もすべて捨てて、と言うより、
それは両立できないほどに厳しい道なのだということなのだろう。
そしてそのすべてを超越した先にジニが達したものは、
人々の暮らしの中に溶け込む芸だった。
人々の暮らしの懐に抱かれ、暮らしの中に育まれた人々の心の発露、
それが真の芸であると。。。
最終的に歌い上げるテーマとして、それは実に重厚感があり、すばらしいとは思う。
ただジニが民間芸能の中にそれを求める伏線が、
たとえば、ジョンハンとの暮らしの中で芽生えたとか、
彼女の生きてきた過程の中でそれを感じさせる場面がやはり欲しかった。
それほどに最後の花潭先生との出会いが唐突だった。
この老学者の突然の出現が、ドラマの調和を乱したような気がしてならない。
この役目をお寺の住職に担わせても良かったような気がした。
そこがまず残念なこと。
そしてジョンハンとミョンウォルの愛、、、、
私はこのジョンハンとミョンウォルの愛の描き方に、
すごく韓国人らしさを感じてしまう。
日本だったら、あの壮絶な死刑場面の後のジョンハンの未練は描かなかっただろう。
それほど日本人は潔さを尊ぶからだ。
しかし、韓ドラは日本人からしたら蛇足とも思える部分をしっかり描く。
それは日本人が目を背けてきた現実の醜さ、弱さ、汚さだ。
愛する人のために舞ったミョンウォルの舞に感動した国王により、
一命を取り留めたジョンハン、、
しかし、命を永らえることができたその日からジョンハンの苦悩は始まった。
先に書いたように、日本的な感覚からしたらジョンハンの未練は長すぎる。
あのピョクスケが説得し、叱責するくらいだから(苦笑)
しかし、どんなひどい拷問をうけてもミョンウォルの居場所を言わず、
車裂刑という恐ろしい刑を受け、死のギリギリのところまでいったジョンハンの思いは、
あれほどの未練につながっても仕方ないとのかとも思う。
死をかけてまで守りたかった二人の愛が現世で適わないのなら、
いっそあのまま死んでしまえば良かったとすら、あの時のジョンハンなら思ったのかもしれないから…
しかしミョンウォルの思いはもっと先にあった。
二人で駆け落ちをした日々の幸せと虚しさ。。。
それはおよそ人の生への業であるのかもしれないとすら思う。
人はどうして愛だけでは生きれないのだろう。
なぜ一番愛する人と暮らしていても虚しいのだろう。
洗濯物が風になびく様を見て舞への思いを馳せるミョンウォル。
そして、成し遂げるはずだった朝鮮芸楽への大志を思い出すジョンハン。
愛する人の大志を守りたい、、、
それがミョンウォルの生きがいになり、強さになり、
結果的に彼女の才芸を花開かせることになる。
覚悟を決めた女は鋼鉄のように強くなり、
朝鮮随一の規範のような男があれほど弱さを露呈するのもまた皮肉だけれど、
ここまで現実を書いてしまうユン女史ってやはりすごいと思った。
ウノの死、師匠ペンムとの別れ、そしてジョンハンとの血を吐くような別離、
それらを呑み込んで花開かせたジニの真の芸、
それを女楽行首を選ぶ競演の席で披露することになる。
彼女が見つけた最高の舞、最高の芸、
数々の苦悩を乗り越えてついに達した極地の具現である舞、
このドラマの最大の見せ場になるべき場面であるはずだったのに、
あれ?と肩透かしに感じたのは、私だけだろうか?
その、尻すぼみになってしまった最大の要因を私は演出ミス、だと思っている…
彼女の舞が音のない舞だとしたら、まず全くのサイレントの中で舞い、
その舞のあまりの楽しげな様子にこらえ切れなくなった楽士たちが
太鼓や篳篥を合わせ、そして最後にOSTの音楽を重ねる、、、
その方が盛り上がったのに、逆になってしまった。
それが今更に惜しくてたまらない。
というのもミョンウォルが美しく舞う時、必ずOSTのワルツテンポの音楽がかかっていたのに、
この最後の舞だけは、それを重ねなかったのだ。
確かに音のない舞だけで心からの歓喜を表現する、と言い放ったジニだけれど、
並み居る妓生や行首たちが感動して行く様を、あの場面だけで伝えることはやはり困難。
少し偉そうに書かせてもらうと、演出というのは、そのための演出なのだから、
ほんの少しの工夫で十分だったのに、とそれがラストを飾るだけに本当に残念でならない。
しかし24話というある程度の長さがあっただけに、
それぞれの登場人物をとても丁寧に描いていて、
あのピョクスケですら、ミョンウォルへの執着、ジョンハンへの嫉妬、
そして二人の愛への感動、憐憫、友情、そしてタンシムへの真心と
彼の気持ちの変化していく様にとても説得力があり、見ごたえがあった。
そしていつもNo2のプヨンの思いは、第一世代のメヒャンの人生と重なるものがあり、
勝負の本当に意味するものは、その結果にあらず、
自分がその勝負から何を得るかが大切だ。
という言葉には、常にペンムと競い合い、二番手に甘んじた生涯を送ったメヒャンだけに
すごい重みがあった。
天才ミョンウォルの存在価値は、
プヨンやその下の必死に努力している平凡な芸妓たちが乗り越えるべき大きな山とし、
本当に愛しているのはプヨンだといい、全くミョンウォルへの思いとは別の次元で、
プヨンを愛しているメヒャンには泣けてしまった。
中盤まではペンムで、終盤はこのメヒャンがドラマを締めていたよね♪
愛だけの世界でも、芸だけの世界でも、
どんな世界でも人は虚しい一面を必ず持ってしまう。
すべては持てない、それが世の常なのだろう。
そうだからこそ、人生なのだろうとも思うし、だからこそ、そこに人は
絶対的じゃない人生の機微を感じて、退屈なく面白い人生を生きれるのだろうと思う。
すばらしいドラマだった。
いくつかの残念な要素はあるものの、これだけの世界観を表現できる傑作、
やはりユン女史も天才と呼ばれる一人なのかもしれないと思う。
そしてジウォンさん、ホントに美しく、強く、優しく、ある部分では潰れてしまうほど脆く、
そして芸人としての真髄を極めた時のまっすぐでりりしい目の表現は見事だった。
こんなすばらしいドラマを見れる機会を与えてくれた製作者とチングに感謝です(*^_^*)


は、フラガール以来かも(笑)
ですか?

駆け抜けました!
レビューを確かに!確かに!と激しく同感しながら
読み進みました。
>韓ドラは日本人からしたら蛇足とも思える部分をしっかり描く。
(これ、欠点でもあり時々は親切にも思える要素ですが、えてして
感動が殺がれることが多いです。)
>最後の花潭先生との出会いが唐突
(おっしゃるように、ジョンハンとの生活の中でも十分見出せたことですよね。)
>あれ?と肩透かしに感じたのは、私だけだろうか?
(いえいえ、私も相当ガックリしました。)
>その方が盛り上がったのに、逆になってしまった。
それが今更に惜しくてたまらない。
(本当に!音楽無しから始めてればねぇ〜!)
>彼の気持ちの変化していく様にとても説得力があり、見ごたえがあった。
(途中の憎らしさと執念深さには、参りましたが、根っからの悪人じゃなかったんですね。)
>中盤まではペンムで、終盤はこのメヒャンがドラマを締めていたよね♪
(まさしく、おっしゃるとおりです。
メヒャンがここまでの役とは序盤思いもしませんでした)
特に、競演の舞のシーンが残念です。
ミョンウォルの努力の結晶、そこに居る人を感動させるほどの
舞には見えないのは、音楽の入れ方ミスですよね。
最大の見せ場で、シラけちゃいましたもん。
ジウォンさん、ナチュラルメークでは松たかこさん、濃い目のメークでは
ハン・ヘジンさんに似ていて美しい女優さんで、好きです♪
ひっつめ髪に長い横一直線の簪姿の楚々とした髪型が良く似合っていて
良いですねぇ。
プヨン役のビンナさんも綺麗な人ですね、生田智子さんに似てるかなぁ。
手頃な長さで、飽きさせることなくグイグイ引っ張っていくこのドラマ、
できるだけ多くの人に見ていただきたいと思います。
史劇とはちょっと違う、女芸人の物語。
素晴しかったです♪
私も、音楽が頭の中をかけめぐって、家事の最中でも
鳴りっぱなしでした。
まるでOSTをヘビロテしてるみたいです。
>こんなすばらしいドラマを見れる機会を与えてくれた製作者とチングに感謝です
これも同感!!!